「何、名乗るほどの者ではない。それよりも、この洞窟の奥にいるであろう、事の首謀者に合間見えんとな」
「事の首謀者がこの奥にいる?どういう事だ」
「人を捕まえておくだけで、何もこのような洞窟は使わぬであろう。故にこの洞窟にはローエングラム侯の妹君を拉致した者の隠れ家も兼ねている可能性が高い」
「成程…」
 名を訊ねたジュンに対し、詩人は名を名乗らなかった。自分を助けてくれた人、何よりあれだけの強さを誇る人間なのだから名前位は聞きたかった。だが、詩人のいう事の首謀者―恐らくはブラウンシュヴァイクであろう―を探し出すのが先決だと思い、ジュンはサユリを手招きして詩人の後を付いて行った。
「フム、どうやらこの洞窟は二又に分かれているようであるな…」
 サユリが捕まっていた場所のちょうど反対側に、もう一つの通路があり、詩人はその道に進んで行った。
「サユリ様はこのまま出口に向ってくれ。俺はこれからブラウンシュヴァイクに一泡吹かせに行く」
「いえ、サユリも付いて行きます」
「ですが…危険です!」
「危険を顧みれないくらいでなければ、サユリにローエングラム侯の妹である資格はありません。それに、イザとなればジュンさんが護って頂けるのでしょう?」
「はぁ…」
 思えばサユリ様は事件の発端を聞き付け、危険を顧みずローエングラム侯に伝えに行ったお人だ。この位の事で引き下がる訳はない。そう思い、不本意ながらもジュンはサユリと共に反対側の通路を目指した。
(しかし、護って頂けると言われてもなあ…)
 トルネード、そして謎の詩人…。自分以上の腕の立つ人間を見続けたジュンは、自分自身に自信を持てないでいた。世の中には自分より上はいっぱいいるんだ、やはり自分にはプリンセスガードの役割は重荷だ…。皮肉にも今回のサユリ様の誘拐が自分が辞職する理由にはもってこいだと、ジュンは心に言い聞かせ続けた。
「お二方、どうやらこの奥に首謀者が間違いなくいるようであるな」
 暫く奥を歩くと、詩人が立ち止まってこちらに話し掛けて来た。ジュンとサユリは一瞬詩人の言っている事が分からなかったが、その足元を見て状況が把握出来た。
「ここにも魔物が…」
「そうだ。恐らく万が一この洞窟に侵入者が現れる事を想定し、守護に当たらせていたのであろうな」
 詩人の足元には寸断され既に息絶えていた悪鬼の姿があった。自分と詩人はそんなに離れて歩いていない筈、自分達が訪れる僅かな時間に倒したというのか…。その詩人の圧倒的な強さに、ジュンはただ驚くだけだった。
「ぐっ、貴様等どうやってここに…」
 悪鬼が守護していた場所からもう少し奥に行った所に、ブラウンシュヴァイクの姿があった。一行が現れた事に、ブラウンシュヴァイクは瞬時に追い詰められた態度を取った。
「無論、貴殿を守護しておった魔物を葬ってだ。あの程度、私の敵ではないからな」
「ようやく追い詰めたぞブラウンシュヴァイク!さあ、大人しくお縄に捕まりやがれっ!」
「ブラウンシュヴァイク男爵…。貴方の罪はもう拭い去る事は出来ません。ですが、お兄様に自ら謝罪すれば、命だけは助かる事でしょう…」
「ぐぐ…私もここまでか…。だが、タダでは死なんぞ!」
『!!』
 追い詰められ、最早これまでと思ったブラウンシュヴァイクは、壁に添付してあったスイッチを押した。すると次の瞬間、洞窟の天井が崩れ始めた。その突然の出来事に、3人は避ける間もなく洞窟の崩壊と運命を共にして行った…。



SaGa−9「東方からの来訪者」


(サユリ…!?)
 同時刻、ハイネセンに着き武具屋を探していたマイは、漠然とした不安感に襲われた。その不安は的を得ていたが、例えサユリの身に何かあっても今の自分に助ける資格はない。だから再びその資格を得る為に、早急にマスカレイドを手に入れなければならないのだと、その不安感を払い除けた。
「ここね…」
 街で見掛けた一軒屋、看板からして武具を作る工房のようだった。ここなら何かしらの武器が手に入るだろうと、マイはその一軒屋の中へと入って行った。
(誰もいない…?)
 しかし中に入ると、そこはまるで何年も前から人が行き交っていないようなような雑多な所であった。辺りに巻き散る塵や埃、嘗ては多くの人々が武具を求めて行き交ったのであろうこの場所も、今は廃墟に等しいものであった。
(人の声…)
 恐らく人は住んでいないのだろうと諦めて帰ろうとした所、足元からささやかな声が聞えて来た。辺りをよく見回すと、入り口から外へ向っての左手側に、地下へと降る階段が確認出来た。恐らく声はその地下から聞えて来たのだと思い、マイはその階段を降って行った。
「では私はこれから旅に出る。後は頼んだぞ、カノ」
「うん。気を付けてねお姉ちゃん」
 階段を降りた先は中規模の鍜治場になっていた。そこには二人の女性が居た。会話からして姉妹なのだろう、その姉にあたる人間が今正に旅立とうとしていた所だった。
「ん?客人か。生憎だがこの工房は閉鎖中だ」
「閉鎖中…それは残念…」
 旅立とうとしていた女性がマイの姿に気付き声を掛けて来た。その口から現在この工房は閉鎖中であると教えられ、マイは素直に立ち去ろうとした。
「待て!失礼だが、君は旅の剣士か何かかね?」
「何故そうだと分かる…?」
「これでも武具を求めに来る人間は何人も見て来た。だからその人物の格好や雰囲気を見れば大体どういった人間か分かる。しかし、見た所武器を携帯していないようだが、ひょっとして盗まれでもしたのか?」
 こくりとマイは頷き、静かに口を開いた。人を見る目があるこの女性なら、マスカレイドを盗んだ者を街で見掛けたなら何らかしらの反応を示しただろう。そう思い、マイはその女性に向い盗まれたマスカレイドの事を話し始めた。
「フム…立派な飾り付けている小剣を持った人か…。残念ながら見掛けなかったが、それが君が盗まれた剣なのか…」
「そういう事…」
「そうか。まあ、確かにこれから先武器を持っていないのは何かと大変だな。あまり良質の武器はないと思うが、倉庫に在庫が多少残っている。今探してくるから少し待っていてくれ」
 そう言い、女性は旅支度の格好をしたまま倉庫のある方へと向って行った。
「ところで貴方のお姉さんは、何の目的で旅立とうとしていたの…?」
 女性が戻って来る間、マイはその女性の妹にあたるカノという少女に話し掛けた。旅に出ようとするカノの姉の姿が、何となくだが自分の姿に重なり、半ば興味範囲に話し掛けたのだった。
「うん、実はね…」
 カノの口からひっそりと出る言葉。それはこの工房が現在の経緯になるまでの話だった。
   カノの話しによれば、この工房の初代の親方は、魔戦士公アラケスの魔槍を聖王と共に鍛え直して聖王の槍を作った名工であったという。アビスゲートが聖王の力で全て閉じられた後、槍はこの工房に飾られ工場のシンボルになったという。
「それからの300年間、この工房は世界中の職人が腕を磨いた世界一の工房だったんだよ。だけど…」
 数年前、トリューニヒトとフランツの戦いの後の混乱の最中に、店のシンボルであった聖王の槍が何者かによって盗まれてしまったのだという。
「それでその当時の親方だった私達のお父さんは、槍を探す旅に出たんだよ。そして盗まれてから一年後、槍がハイネセンにある事を付き止めて戻って来たんだ。でも…」
 カノ達の父親が槍を取り戻しに出掛けて行った三日後、その父親の死体が見つかったのだという事であった…。
「それからこの工房で働いていた職人さん達は一人、二人って工房を離れて行ったんだよ…。そして残ったのは私とお姉ちゃんだけなんだよ……」
「そう…」
 話を終えたカノの表情は何処か哀しげだった。無理もない、自分の父親が死んだ時の事を思い起こしたのだから…。その事を悪いと思いながらも、マイは一つ気になる事があった。
「ところで、その盗んだ犯人の目星は付いているの…?」
「えっと、それは…」
「それは”赤サンゴのピアス”と”ド=ヴィリエ”という言葉だ」
「お姉ちゃん!」
 応えるのに臆していたカノの前に、倉庫から武器を持って来たカノの姉の姿があった。そして臆していたカノの代わりに、自ら犯人の目星となる言葉を語った。
「しかしそんな事を訊いてどうするつもりなのだ?」
「それは…私が盗まれた武器も、聖王に縁のあるものだから……」
 この工房から盗まれた聖王の槍もマスカレイドと同様、聖王遺物の一つである。盗まれた物に聖王に縁のある物という共通点があるなら、犯人が同じ可能性は高い。そう思い、マイはカノに犯人の目星に繋がる物がないかを訊ねたのだった。
「そうか、君も…。と、色々と探してみたが、やはりあまり良い武器は残っていなかった。これで勘弁してくれ」
 そう言い、カノの姉はマイに倉庫から持って来た武器を渡した。
「これは…バスタードソードね…」
「そうだ。大剣に毛が生えた程度の武器だが、軽い分剣技を使用する事も可能だ」
「そう、ありがとう…。じゃあお代は…」
「別にいらんよ。こうして会ったのも何かの縁だ、その記念に貰ってくれ」
「そう…」
 マイはカノの姉から渡されたバスタードソードの太刀筋を軽く眺め、腰に収めた。
「ところで貴方が旅に出る目的は…?やっぱり、父親の仇を…?」
 バスタードソードを腰に収めると、マイは気を取り直すようにカノの姉に訊ねた。
「いや、それもあるが、まずは工房から離れて行った職人仲間を集め直そうと思っている。仇を討つのもそうだが、何よりこの工房の再建が父に対するはなむけであると思うからな」
「そう…なら剣のお礼に、その役目、私が引き受ける…。貴方がいなくなったなら、この工房には貴方の妹しか残らない…。それは、残される側にとって、凄く寂しい事だと思うから……」
 カノの姉の姿に自分を見出したように、マイはカノにサユリの姿を投影していた。自分の大切な人が旅立つのはそれを待ち続ける者にとっては寂しく辛いもの…。何より父を失った哀しみを忘れられずにいるカノにとって、今度は姉が旅立つのは胸が張りさけんばかりに堪え難いことだろう。そしてまた旅立つ者にとっても、大切な人を残して旅立つのは堪え難い苦痛、その苦しみを背負うのは自分一人で充分だ。そう思い、マイはカノの姉の旅の目的を担うつもりであった。
「君のその目、どうやら君も旅立つ過程で人を残して来たようだな…。分かった、ありがたく君に役目を託す。しかし、それではバスタードソード一つでは礼にも及ばないな…」
 そう言いながらカノの姉は鍜治場の奥に行き、そこに飾ってあった一つの刀をマイの元に持って来た。
「お姉ちゃん、それは…」
「魔力を秘めた刀、妖刀龍光!逆刃という特殊な形故、斬力はバスタードソードより劣る。しかし、”魔なる力を持ちし者”、”不死の者”と相対した時、その負のエネルギーを吸収し、その対象者に多大なるダメージを与える事が出来る刀だ。その繰り出す技の名は、退魔神剣!!これから先の旅で何かしらの役に立つ筈だ。これを持って行きたまえ」
「でもお姉ちゃん、それはお父さんの遺した…」
「いいんだ。この刀は父の形見、それ故私達が思い入れを込めている刀でもある。だからこそ、私の旅の目的を担ってくれる君に受けとってもらいたい」
「分かった。大事に使う…」
 カノの姉には妹と共に残りたいという気持ちと共に、旅に出て仕事仲間を呼び戻し、そして自ら父の仇を討ち、奪われた聖王の槍を取り戻したいという気持ちも確かにあったのだろう。その気持ちの肩代わりとして私にこの刀を託したのだろう。そう思い、マイはその気持ちを無駄にしないようにと、遠慮することなく妖刀龍光を受け取った。
「言い忘れていたが、私はヒジリという。旅の最中、再びこの街に立ち寄る事があったなら、いつでも寄ってくれ」
「私はマイ…。旅の目的が終わった時は、この刀を必ず返しに来る……」
 奪われた聖王遺物を見つけ出すという同じ使命を持ったヒジリとマイ。そのヒジリの想いをマイは確かに受け取り、そして再び旅の一歩を踏み出し始めたのだった…。



「サユリ様…大丈夫か…!?」
「ジュンさん…!え、ええ…何とか……」
 瓦礫の下敷きになったものの、幸いジュンとサユリの二人は命を落としていなかった。しかし瓦礫に埋まっているのには変わりなく、このままの状態ではいずれ酸素が底を尽き、死が訪れるのは明白だった。
「そういや、あの詩人は…」
「案ずるな。無論無事だ」
 詩人も無事であった事に、ジュンはほっと胸を撫で降ろした。ブラウンシュヴァイクの声は聞こえない。恐らく崩れた瓦礫の山の下敷きになり息絶えたのだろう。しかし、元々この崩壊は奴が引き起こしたものであるし、ようやく諸悪の根源が死んだかという感じであった。
「ジュンさん…サユリ達は無事出られるのでしょうか…?」
「大丈夫だ。必ず助けが来る…」
 サユリの不安を拭い去ろうとするものの、ジュン自身不安で一杯だった。サユリ様の捜索活動は続いているだろうからいずれは助けが来るだろう。しかしそれまでこの僅かな空間の酸素が果たして持つかどうか…。そして、仮に酸素が尽きる前に助けが現れたとしても、無事に瓦礫の山を除けられるのだろうかと…。
「すまぬが、少し静かにしてもらえぬか?」
「ああ。下手に喋ると無駄に酸素を消費してしまうからな…」
「それもあるが、集中せんと瓦礫の山を斬れぬのでな…」
「!?」
 詩人のさり気ない一言にジュンは驚いた。いくら魔物を寸断する力があるとはいえ、そう簡単に瓦礫の山を斬れるものなのかと…。
「不安定に重なっている故、上手く斬らねば脱出するは不可能。されど、我が”名刀千鳥”に斬れぬ物なし!」
 長いようで短い沈黙が続いた。皆が空間に残った僅かな空気を惜しむように一言も喋らない刻が続いた。
「無無剣!」
 詩人が忘れられた大剣技の名を叫んだ刹那、まるでシュっと紙を切り裂くかのように、瓦礫の山が寸断された。
「ふう、これで無事外に出られるな…」
「……」
 瓦礫の山を寸断した詩人に、ジュンは言葉を持たなかった。瓦礫の山をも寸断する強靭な技量、そしてあの状況下で一糸乱れる事なく作業を遂行する岩のように座った精神力…。その何もかもが自分の及ばない遥か高みを歩むものだった。
「ありがとうございます。さ、ジュンさん、早くこの洞窟から出ましょ」
「すまねえ、サユリ様…。もう少しここに一人に居させてくれ…」
「ふえっ?」
「いいから!とにかく先に行ってくれ!!」
「分かりました…。ではお先に失礼致します…」
 半ば怒鳴り声のジュンの声に圧倒され、サユリは詩人と共に洞窟を後にした。
「畜生…畜生っ……」
 洞窟に一人残ったジュンは、拳を地面に叩きつけながら腹の底から悔し涙を流した。何で、何で自分にはこんなに力がないんだっ!勇み良く洞窟に入り込んだのは良かった。だが、それだけだ!もし偶然あの詩人と会わなかったなら、自分にはサユリ様を足止めしていた魔物さえ、瓦礫の下に埋もれた自分自身さえ助け出す事が出来なかった…。
 強くなりたい…もっと強くなりたい!あのトルネードのように、あの詩人のように、もっと強く!誰にも助けられずに人を護れる位強く…!悔し涙を明日の汗に変えて!!そうジュンは心に強く誓った。



「ラインハルト様、申し訳ありません!俺の不注意のせいでサユリ様を危険な目に遭わせてしまって…」
「良い。サユリは無事見つかり、怪我の功名でブラウンシュヴァイクの自滅を誘ったのだ。卿の責任はそれで全て帳消しだ。下がって良いぞ」
「はっ」
 ジュンとサユリが新無憂宮ノイエ・サンスーシーに戻った時には、既にラインハルトはフレーゲルの討伐から帰投しており、その席上ジュンは事の一部始終を話した。その報を聞いたラインハルトはジュンの責任を一切取らずに下がらせた。
「さて、ジュンの話に寄れば、卿の功績は甚大であったと聞く。余自ら礼を言うぞ」
「身に余る光栄であります」
 あの後ジュンとサユリの勧めで、詩人は新無憂宮ノイエ・サンスーシーに招かれていた。その席上、詩人の働きに対し、ラインハルト自ら礼を言った。
「時に卿の名は何と言うのだ?その腰に掲げた剣といい、只の旅の吟詠詩人ではなかろう」
「私如きの名、名乗る程のものでもありませんが、この場で名乗らぬは失礼極まる行為…。私は東方を守護する者、”イーストガード”柳也!」
「ほう、東方を守護する者、”イーストガード”か…。しかしそのような者が何故このような地におるのだ?」
 イーストガードという名前からして、本来ならこの柳也という男は東方の警備にあたっている者なのであろう。そのような者が如何なる理由でこの地にいるのか。そうラインハルトは柳也に興味を持った。
「昨今、東の地でアビスの力が増して来たのです。その原因はアビスゲートの復活にありとの予測に達し、こうして西方に出向いて来た次第であります」
「アビスゲートの復活か…」
 そう言われてもラインハルトにはいまいちピンと来なかった。アビスゲートの話はよく伝説で聞く、但し、あくまで伝説でだ。実際にこの目で所在を確かめたという話は聞いた事がない。
 伝説の時代、魔王が開いたと言われるアビスゲート。その伝説の壮大さ故、ラインハルトには実感が湧かないものだった。
「それと卿は、何故捕まっておったのだ?」
 ジュンの話だと、サユリと同様この柳也という男も同じ洞窟に捕まっていたとの事だった。しかし、何故捕まっていたのか。ひょっとしたらこの柳也という男はブラウンシュヴァイクの何かしらの情報を掴んだからこそ捕まったのか。そんな事を思いながら、ラインハルトは柳也に捕まっていた理由を訊ねた。
「そう言えばその件に関しましては、陛下のお耳に入れておきたい事がございました。過日の深夜、神王教団と思わしき者共が聖王遺物を運び、ハイネセン行きの船に乗るのを見掛けました。その場を垣間見た故、私は捕まったのです」
「聖王遺物…。まさかそれは…?」
「察しの通り、この宮殿に伝わりしマスカレイドのようでした」
「……」
 柳也の話を聞き、ラインハルトは暫し沈黙した。この宮殿にマスカレイドが伝わっているのは世に広まっていることであり、それを我が物にせんと企む不徳の輩も昔から後を絶たなかった。故に代々、防犯の意味も込めて、宮殿一腕が立ち信頼の厚い者に所有を許していたのであるが…。それが不覚にも、現所有者であったマイの手から奪われてしまったのだ。ブラウンシュヴァイクの反乱による混乱時に城内に侵入したのか、それともブラウンシュヴァイクとの共謀だったのか。色々可能性は考えられたが、突発的な単独による犯行ではなく、計画的な複数による犯行に間違いないというのがラインハルトの見解だった。そして奪われたマスカレイドを神王教団の者共が運んでおり、その姿を目撃した詩人がブラウンシュヴァイクの隠れ家に捕らえられたという事は、両者が共謀していたのは間違いない。
(しかし裏での共謀者が神王教団となると、マイ一人に奪還を任せるのは荷が重過ぎるな…)
 神王教団、それは数十年前の死食により生き残った赤ん坊は、”魔王”でもなく、”聖王”でもなく、それらを凌駕した”神王”であると信仰して止まない新興宗教団体であった。しかし死食で生き残った赤ん坊の存在は未だ確認されておらず、更にはその赤ん坊が神王であるという保証は何処にも存在しない。言わば彼等は、現時点では架空の存在を信仰しているカルト集団といっても過言ではなかった。
 もっとも、信仰そのものが悪い訳ではない。彼等が問題とされているのは、その信仰を過大なまでの唯一絶対の信仰としている事だ。他の宗教は認めない、神王教徒に従わぬ者は人間に非ずという論理で、異教徒弾圧や虐殺行為を繰り返していた。その行為はエル=ファシルの滅亡を頂点とし、以後、神王教団は急速なスピードで肥大化して行った。
「卿の貴重な具申、恩に着る」
「あり難き幸せ。では私はこれにて」
「待て!卿はヤン=ウェンリーという男の名を聞いた事があるか?」
 神王教団がエル=ファシルを滅亡させた事を思い出す仕草をしている最中、ラインハルトの脳裏にはまたあの男の名が響き渡った。柳也が東国から来訪した者であるなら、ヤンについて詳しい情報が聞けるかもしれない。そう思い、ラインハルトは柳也に訊ねた。
「聞いた事があるも何も、奴とは幼馴染みで、エル=ファシルから戻って来てから私自身が旅立つまではよく酒を交わしていたものです」
「幼馴染み?ヤンという男はエル=ファシルの者ではないのか?」
「ええ。奴は元々東国出身でして、私の出身国とエル=ファシルの親善交流の一環としまして、エル=ファシルの地に赴いていたのです」
「そうか。ご苦労、もう下がって良いぞ」
「はっ。ではご縁がありましたならばまたお会い致しましょう」
 深々と礼をし立ち去る柳也の姿を見てラインハルトは思った。ヤンという男、なかなか敬意に値する人物だと。自分の国を救ったのではなく、たまたま親善で訪れていた国を救ったのだ。その行為に敬意を表わすと共に、自分の領内を統一するのが精一杯の自分の技量はヤンに劣るかもしれない。柳也の話を聞き、ラインハルトのヤンに対する興味はますます高まっていた。
(ヤン=ウゥンリー…面白い男だ。見知らぬ東国も興味深いしな、やはり一度こちらから会いに行きたいものだ。もっとも、その時はキルヒアイス、お前も一緒だ―)
 そう首に下げているペンダントに語りかけ、ラインハルトはキルヒアイスと共にヤンと邂逅する事を夢見たのだった。


…To Be Continued

※後書き

 三話にまたがり、正体不明の詩人の正体がようやく明かされました。その正体は、『AIR』過去編の主人公、柳也。予想出来ていた人、何人位いたでしょう?ちなみにクラスが「イーストガード」だったり、ロマサガ2の技を使ったりするのは、過去編の登場人物→ロマサガ3の過去の作品→ロマサガ2、というノリからです。また、他キャラと一線を化すような目的の為、原作のように漢字表記のままだったりします。
 その他には霧島姉妹が登場しました。今の所この姉妹は冒険に旅立つ予定はありませんが、武具の開発を担当するという役回り上、これからもちょくちょく出て来ると思います。
 そしてようやく死んだブラウンシュヴァイクと、姿を表し始めた神王教団。この神王教団は、まんま銀英伝の地球教徒になるかと思います。また、中盤辺りまではこの神王教団との確執が物語の大きな主軸となるでしょう。
 さて次回は、三話振りに祐一や往人が登場して来ると思いますので、楽しみにしていて下さい。

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